シンプルていねいまじめに生きる

もともとぐうたらなわたしが、わたしよりぐうたらで片付け掃除のできないやさしい夫と結婚し、 かわいい息子を出産しました。そんな暮らしの中で、考え方が少しずつ変わってきたような気がします。タイトル通り、シンプルていねいまじめに生きたい…と思い、日々のなんてことないことや、ときには愚痴など書いていこうかなと始めたブログです。

母のこと

スピリチュアルとか自己啓発的なものがすきです。

と言っても、ガチガチなわけではなく、そういうものに触れることで、少しでも楽に生きたいという気持ちがあるんだと思います。

薄々感じてはいたけれど、私は完璧主義で真面目なようです。
あ、ブログタイトルにもまじめって書いてあるけど笑
そして完璧主義といっても、「わたしなりに」なだけで、人と比べたら適当だろうし、言葉を換えれば「理想が高い」だけかもしれない。

でも、完璧主義で真面目だからこそ、できない自分が許せなくて、人と比べて勝手に落ち込んで、漠然と不安を感じていたりしました。

子どもが成長するにつれて更に、自分の未熟さを痛感しました。
些細なことでいらいらしてしまう。そんな感情に気がついているのに、それを消化できなくなってしまう。
育児って、本当に育自ですね。

そして話は戻りますが、すこしでも楽に生きたくて、前向きになれそうな本やブログを毎日読んでいます。

そんな中で、気づいたことがありました。
わたし、親に、とくに母に、認めて欲しかったんです。
子どもの時から、今でも。
がんばったね、よかったね、って、言って欲しいんです。今でも。

母は、優しいけれど、思い起こせば、褒めてもらった記憶がない。
母親って、娘に対してはみんなそうなのかもしれないけれど、いつも小言を言われていた気がします。
音楽に対しても、母としてはアドバイスしているのだろうけれど、演奏を褒めてもらった記憶が一度もない。
いつも、練習が足りないとか、もっと練習するべきとか、音に柔らかさが足りないとか、そんな言葉ばかり。
あ、書いてて涙が出てきた。

何度も受けたコンクール、わたしなりに準備して臨んで、だけど、いつも緊張に負けて力を出し切れなかった。そういえば大学受験のときもそうだった。
悔しくて泣いていても、母は、がんばったんだからいいじゃない、とは言ってくれなかった。
まだまだ練習が足りないのね、と言った。
それが、とても悲しかった。今でもそうです。
コンサートに来てくれても、「あなたの演奏はまだまだね、ひやひやしてちっとも落ち着いて聴けないわ」と言います。

よかったね、と言ってほしくて、何かにつけ、嬉しかったことを報告してしまう。そして、「よかったね」と言って貰うのを期待している。
可愛い服を買ったとき、友だちとたのしいことがあったとき、母の知らないことを勉強したとき、わたしはこんなに幸せで充実しているんだよ、と母に無意識にアピールしていました。
よかったね、がんばったね。と認めてほしくて。

昨年末にも、コンクールで失敗したとき、母は「やっぱり練習時間が足りないのよ」と言いました。
わたしは、2歳の子どもと暮らしながら、仕事もしながら、その中で練習時間を確保して、レッスンにも行って、わたしなりに最善を尽くしたのに。
そのときは、年甲斐もなく泣いて「もうわたしの音楽に口出ししないで欲しい」と言いました。

わたし、まだまだ子どもなんですね。
母に褒めて欲しいんです。
もしかしたら、いつも自分に自信がなかったのって母に褒めてもらえないからかな。とも思ったけれど、引き寄せ系の本の解釈だと、それは母のせいではなくわたしの思考の問題です。母に褒めて欲しいっていう気持ちを自分でちゃんと認めて、そこからです。きっと、母に褒めて欲しいって気持ちは死ぬまであるんだと思います。
あ、仲はとてもいいんですけどね。
ただわたしがずっと子どもなんですね。

でも、まあいっか。
つらつら書いてしまったけれど、わたしはきっと母のことが大好きなんです。
ってことをちゃんと認めたら、もしかしたら、もっと自分に自信を持てるかも?と思いました。