自分に優しく、正直に、強欲に生きる。

もっと楽しく生きるために気持ちの整理など書いていきます

コンサートと母

今日は、春から企画していたコンサートでした。

 

講師の一人として出演者36名のコンサートをまとめるのは、本当に大変でした。

演奏面はもちろんのこと。会場手配、協賛や後援のお願いや、チラシ,チケット,プログラムの作成、お金のこと。私が気がつかないいろんなことを、周りの方々が動いてくださり、たくさんの方がお手伝いをしてくださり、今日を無事に迎えられました。出演者も裏方もみんなが笑顔でコンサートを終えられたことをとてもうれしく思い、安堵の気持ちでいっぱいです。また、自分がとても恵まれた環境、立ち位置にいることを心からうれしく思いました。

 

私は、音大生時代遊んでばかりでした。本格的に音楽に向き合い、音楽で食べていこうと決めたのは、卒業してから三年後です。

それから、コンクールにも数々挑戦してきたけれど、メンタルが弱く、いつも納得のいく演奏ができず惨敗。

 

それなりに、大きな仕事もしてきたけれど、肩書きがショボいのがコンプレックスでした。

だけど、肩書きは気にしないことにしました。

立派な肩書きがなくても、私は私で素晴らしい人間だと、自分で自分を認めてあげることにしました。

立派な肩書きはないけれど、いま表現できる精一杯のものを聴いてほしい。

そこで、なにかを感じてもらえたらうれしい。

 

今日は、両親が聴きに来てくれました。

大先輩と講師演奏したバッハのデュオ。

本番らしく、練習のようにはいかないところもあったけど、私なりに成長した演奏ができた気がしました。

どうだった?と両親に聴いてみました。

父は、よかったと言ってくれました。

母は、先輩との差を見るのがいやで、ホールから出た、と言いました。

母らしいです。演奏で褒めてもらったことは、今まで一度もありません。

3歳から始めたピアノも、発表会のあとにはダメ出しされた記憶しかありません。

今日は、もしかしたら、母に一番聴いて欲しかったのかもしれない。

忙しい中でも練習して、成長した音楽を母に一番認めて欲しかったような気がします。

 

来年のコンチェルトは聴いてほしいな。

と、言えたらいいのだけど。

聴いてほしいな、の裏には、聴いて褒めてほしいな、の気持ちがあるので、なんだかそんな自分が子供だなあ、と思えて恥ずかしいです。

でも、母が笑顔になる演奏をしたいと思いました。